ドキュメント「天路の旅人・沢木耕太郎著」//戦中戦後8年に渡り西域をスパイとして、旅人として過ごした西川一三物語
その時の沢木氏の顔が大きな仕事をやり終えたと言う満足感で溢れていました
25年かけて執筆を終えたとのこと
こそのことから興味を持って読みました
旅の記録自体は主人公・西川一三が本にしたら8冊分になるほどの手書きの原稿があり、本としても出版されていました
(「秘境西域8年の潜行」現在はKindle版にて販売)
これは沢木氏が直接西川氏に聞き取りながら完成させた本です
600ページ近い大作です

【あらすじ】
西川一三は第二次世界大戦末期、敵国である中国の、その大陸奥深くまで潜入したスパイである。当時の日本で言えば諜報員だが、西川は自らのことを「密偵」と呼んでいる
25歳の時から日本ではラマ教といわれていたチベット仏教の蒙古人巡礼僧になりすまし、日本の勢力圏外だった内蒙古を出発するや、当時の中華民国の支配していた寧夏省を突破し、広大な青海省に足を踏み入れ中国奥深くまで侵入した
しかも第二次対戦が終結した1945年(昭和20年)以後も蒙古人のラマ僧になりすましたまま旅を続けチベットからインド亜大陸まで足を延ばすことになる。そして1950年(昭和25年)にインドで逮捕され日本に送還されるまで、実に足かけ8年に及ぶを蒙古人「ロブサン・サンボー」として生き続けてきた。
この本は彼のドキュメンタリーである
【コメント】
この本には意識的にかスパイ活動に関する部分は書かれていません
ほとんどが西川と同行者に関する旅日記のようなもんです
西川は単独でスパイとして侵入しているので同行者(最初は蒙古人)にも知らせず日本人では無く蒙古人の巡礼僧として一緒に旅をしています
旅の行き先は天候に恵まれず、熱帯や寒冷の砂漠や山岳を行き来し盗賊にも遭遇することがあるので1人では旅することができません
常に複数、多ければ多いほど安心です

右上北京近くの張家口を出発モンゴルを西へ西へ旅します
ラクダに荷物を載せまるで「月の沙漠♪」を思い出されるようです
ただ旅は過酷で予定通り進みません
至るところで困難困苦が襲ってきます
インドでの活動以外は常に足で歩いています
そして大事にしているのは同行者に日本人と悟られないこと
知られた場合、殺されるかもわかりません
ただ蒙古ですから人口もそんなにいるわけでも無くたまに集落があったり反対側から旅人や僧侶、遊牧民の会うくらいです
食事はたまに干し肉も食べるがツァンパ(麦焦がしのような食べ物)を主食とし、無くなれば他の人に頼み込み譲ってもらってしのいでした
ラサに入ったとき、どうも日本が負けたらしいという噂を聞く
そしてカルカッタで偶然に西川と同じくスパイをやっていた木村と遭遇
情報交換するも、西川はそのまま僧としてインド、チベットを旅したいと告げる
ただお金も食料も尽き家々を廻り托鉢(僧侶が食べ物をもらう行為)でしのいでした

途中は省略するが、木村から日本へ向かう客船がでるとの情報があり、西川がなんと「現地語と英語の翻訳辞書」を買うために労役をしていた途中でした
そして2人ともインド警察に逮捕され日本に強制送還されることになり、昭和25年に日本に帰国した
その後は結婚し、縁あって盛岡市で美容院へ美容用品の卸売業をおこなうが89歳で死亡

(蒙古潜入時の西川一三)
この本の中で気に入った西川一三の考えについて書きます</span>
インドで辞書を買うための労役中の宿泊所はきれいでは無いものの食事や休息も与えられ自分は満足していた場面
「・・・実際、経済的にはもっとも底辺の生活だったろう。しかしあらためて思い返せば、その日々のなんと自由だったことか。誰に強いられたわけでもなく、自分が選んだ生活なのだ。やめたければいつでもやめることができる。それだけでなく、その低いところに在る生活を受け入れることができれば、失うことを恐れたり、階段を踏み外したり、坂を転げ落ちたりする心配もない。
なんと恵まれているんだろう、と西川は思った」
その後後日本の敗戦を知った後の旅の思いでを語る
「未知の土地に赴き、その最も低いところで暮らしていける人々の仲間に入り、働き、生活の資を得る。それができるかぎりはどこに行っても生きていけるはずだ。そして自分は、それができる・・・・
それは日本の敗戦を知り、深い喪失感を抱いていた西川に国家という後ろ盾がなくともひとりの人間として存在しちいけるという確信でもあった」
日中戦争、太平洋戦争について
「この戦争で、日本軍は、その土地土地の人々の感情や習慣を無視して、どれだけの失敗を犯しただろう。それは多くは無知によるものだった。何も学ばず、知ろうともせず、ただ闇雲に異国に侵攻していってしまった。戦争をする前に、自分や木村のような者たちを、あらゆる国に送り出すべきだったのだ。あるいは、実際送り出されていたのかも知れない。だがその人たちは、自分たちのように、地に這うようには人々のあいだを歩くことをしていなかったのだろう。同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ苦しみを味わったりはしなかったのだ・・・」
西川は訪れだその土地土地で住人たちとその地の言葉で話し、一緒に生活したり、また言葉も自分で辞書を買ってモンゴル語、チベット語、ウルドゥ語、ヒンドゥー語、中国語、英語を操れた
住人達との会話によって親近感を醸し出した
言語は夜手の空いたとき辞書をめくりながら独学した
日本の敗戦、強制帰還により継続したかった旅は中断したことは言葉に表せないくらい残念なことだったでしょう
日本に帰ってからは黙々と仕事に打ち込み正月以外364日休みなく働いた
時々取材に来る客もいたが、聞かれたことは淡々と話してくれた
ただ西域での旅は終わったのだと二度と行きたいとは言わなかったようです
今で言う、『燃え尽きてしまった』ということでしょう
西川34歳で帰国しました
すべて読んでボーッとしてしばらく動きたくありませんでした
うらやましい反面、自分にはできっこ無い旅であったし、人格的にも優れていたからこそ満足した旅だったなぁと思いました
この本で一環しているのが西川一三は「清貧の人」でした
まだ1月ですが今年読んだ本の中でのベスト10位の中に入ると思います
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イラストはフリー素材をお借りしています
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